自分が今迄「吾輩は猫である」を草しつゝあつた際、一面識もない人が時々書信又は繪端書抔をわざ/\寄せて意外の褒辭を賜はつた事がある。自分が書いたものが斯んな見ず知らずの人から同情を受けて居ると云ふ事を發見するのは非常に難有い。今出版の機を利用して是等の諸君に向つて一言感謝の意を表する。
どこで生まれたか頓と見當がつかぬ。何ても暗薄いじめじめした所でニャー/\泣いて居た事丈は記憶して居る。吾輩はこゝで始めて人間といふものを見た。
然もあとで聞くとそれは書生といふ人間で一番獰惡な種族であつたさうだ。此書生といふのは時々我々を捕へて煮て食ふといふ話である。然し其當時は何といふ考もなかつたから別段恐しいとも思はなかつた。
但彼の掌に載せられてスーと持ち上げられた時何だかフハフハした感じが有つた許りである。掌の上で少し落ち付いて書生の顏を見たが所謂人間といふものゝ見始であらう。此の時妙なものだと思つた感じが今でも殘つて居る。
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